青木一平法律事務所

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不公平な贈与又は遺贈と遺産分割

最終更新:2023年7月20日

はじめに

共同相続人の中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻もしくは養子縁組のためもしくは生計の資本として贈与を受けた者がある場合、 その遺贈や贈与は遺産分割においてどのように取り扱われるでしょうか。事例で見ていきます。

【事例1】
父Aが死亡しました。相続人は、長男B、次男C,長女Dの3人です。 父Aが残した遺産は、預貯金3000万円です。 また、父Aは、生前、長男Bに生計の資本として600万円を贈与しています。

この場合、死亡した父Aが被相続人で、長男B、次男C,長女Dの3人が共同相続人です。 そして、生前の父Aから長男Bになされた600万円の贈与を「特別受益」といいます。

特別受益の持戻し

遺産分割は、原則として、遺産分割時に存在する遺産を分割します。 上記事例1の場合、父Aが長男Bに贈与した600万円は、遺産分割時に遺産として存在していませんから、 原則として、遺産分割の対象になりません。 この原則に従うと、相続人は、長男B、次男C、長女Dですから、 預貯金3000万円を3分の1ずつ分けることになり、 長男B、次男C,長女Dがそれぞれ1000万円ずつを相続することになります。

しかし、この原則に従うと、父Aの生前に600万円の贈与を受けた長男Bと、何ももらっていない次男C、長女Dとが不平等になります。 そこで、民法は、原則として、特別受益の価額を遺産の価値に組み込んで、 相続人の相続分を算出することにしています(民法903条1項)。これを「特別受益の持戻し」といいます。

上記事例1の場合、長男Bが贈与を受けた600万円の特別受益を、遺産である預貯金の3000万円に持ち戻すことになりますので、 3600万円を相続財産とみなすことになります。
そして、長男Bについては、 3600万円の3分の1である1200万円から生前贈与を受けた600万円を差し引いた600万円を相続することになります。
次男Cと長女Dは3600万円の3分の1の1200万円をそれぞれ相続します。

なお、今回は、特別受益を分かりやすく説明するために遺産を預貯金だけにしましたが、 過去に不動産を贈与していた場合等は計算が複雑になりますので、別途ご紹介します。

特別受益の持戻しの対象

持戻しの対象となる特別受益は、遺贈、婚姻もしくは養子縁組のための贈与、 生計の資本としての贈与とされています(民法903条1項)。

「相続させる」旨の遺言の対象となる財産が特別受益として持戻しの対象となるか否かですが、 後述の持戻し免除の意思表示が認められなければ、持戻しの対象になると考えます。

「生計の資本としての贈与」は、生計の基礎として役立つような贈与とかなりゆるやかに解されており、 明らかに扶養義務の履行であるような場合を除き、 ほとんど全ての贈与が「生計の資本として贈与」に含まれると考えてよいと思います。

特別受益の評価の基準時

特別受益の持戻しがなされる場合、持戻しの対象となる贈与された財産は、贈与されたときの評価額ではなく、 相続発生時の評価額で持戻しがなされます。
これに対し、実際に遺産分割によって遺産を分ける際の遺産の評価は遺産分割時とされています。

どういうことか事案で見てみます。
【事例1】を少し変更して、父Aが残した遺産が遺産分割時3000万円の不動産甲のみであったとします。 相続人は、長男B、次男C,長女Dの3人です。 また、父Aは、生前、長男Bに生計の資本として600万円を贈与しています。 そして不動産甲は相続開始時2400万円だったとします。

この場合、まず、長男Bへの贈与600万円を持戻して、みなし相続財産を算出しますが、その際の遺産の評価は相続開始時の評価額で行うことになります。 よって、不動産甲の相続開始時の2400万円に600万円を加算することになります (厳密には、600万円の現金も、相続開始時の貨幣価値で評価しなおすことになりますが、そこまでしないことが多いかと思います)。
そうすると、みなし相続財産は3000万円となりますから、
長男Bの具体的相続分額(法定相続分による取得額から特別受益を控除した額)は3000万円×1/3-600万円=400万円、
次男C及び長女Dの具体的相続分額は、それぞれ、3000万円×1/3=1000万円
となり、長男B、次男C、長女Dの具体的相続分額の割合(この割合を具体的相続分率といいます)は、
長男Bが400万円/400万円+1000万円+1000万円=400/2400、
次男C及び長女Dが、それぞれ1000万円/400万円+1000万円+1000万円=1000/2400
となります。
そして、遺産分割時の遺産は3000万円の不動産ですから、3000万円に相続人それぞれの具体的相続分率を乗じて、実際に相続する金額を算出します。 そうすると、
長男Bは、3000万円×400/2400=500万円、
次男C及び長女Dは、それぞれ3000万円×1000/2400=1250万円
を遺産から取得することになります。
ただ、遺産は不動産甲しかありませんので、実際には、例えば長男Bが不動産甲を取得するその代償として、 長男Bが次男C及び長女Dのそれぞれ1250万円ずつ売却するとか、不動産甲を第三者に売却して、その売却代金を、 長男500:次男1250:長女1250の比率で分配するといった方法が取られることが多いです。

持戻し免除の意思表示

民法は、上述のように特別受益の持戻しを規定しています。
しかし、被相続人が持ち戻さなくてよいという意思表示をしたときは、 その意思に従い、持戻しをしないことになります(民法903条3項)。
また、民法改正により、令和元年7月1日以降に生じた相続の場合は、婚姻期間が20年以上の夫婦の一方である被相続人が、 他の一方に対し、その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与をしたときは、 持戻し免除の意思表示をしたものと推定されます(民法903条4項)。

上記事例1の場合、父Aが持戻し免除の意思表示をしていれば、長男Bが贈与を受けた600万円は持ち戻しませんので、 遺産である3000万円を、長男B、次男C、長女Dで1000万円ずつ相続します。

相続分を超える特別受益

一部の相続人が、被相続人から、法定相続分を超える遺贈や贈与を受けていた場合、 どのように処理するのでしょうか。事例1を少し変更して検討します。

【事例2】
父Aが死亡しました。相続人は、長男B、次男C,長女Dの3人です。 父Aが残した遺産は、預貯金2000万円です。 また、父Aは、生前、長男Bに生計の資本として1600万円を贈与しています。 父Aは持戻し免除の意思表示はしていません。

事例2の場合、長男Bが生前贈与を受けた1600万円を持ち戻すことになりますので、 3600万円を相続財産とみなすことになります。 したがって、長男B、次男C、長女Dの相続分は、一人あたり1200万円となります。 しかし、1600万円は既に長男Bに生前贈与されていますから、遺産としては2000万円しかありません。 そのため、遺産2000万円を次男Cと長女Dとで1000万円ずつ分けたとしても、 それぞれ200万円ずつ不足します。 逆に長男Bは、相続分は1200万円であるのに、既に1600万円をもらっています。 そこで、次男Cと長女Dのそれぞれの不足額200万円を長男Bが補填する義務があるかどうかが問題となります。

この場合、結論として、長男Bは、次男Cと長女Dの不足額を補填する必要はないとされています。 したがって、事例2の場合、2000万円の遺産は、 長男Bに0円、次男Cに1000万円、長女Dに1000万円ずつ分割することになり、 長男Bが生前に贈与を受けた1600万円については何も処理がなされません。 次男C及び長女Dからすれば、この結論は不公平に思えますが、 そこは、長男Bに1600万円を生前贈与した被相続人の意思を尊重することになります。

特別受益と遺留分

一部の相続人が、他の相続人の遺留分を侵害する程の遺贈や生前贈与を受けていた場合、 どのように処理するのでしょうか。事例1をさらに変更して検討します。

【事例3】
父Aが死亡しました。相続人は、長男B、次男C、長女Dの3人です。 父Aが残した遺産は、預貯金2000万円です。 また、父Aは、死亡する5年前に、長男Bに生計の資本として7000万円を贈与しています。 父Aは持戻し免除の意思表示はしていません。

事例3の場合、長男Bが生前贈与を受けた7000万円を持ち戻すことになりますので、 9000万円を相続財産とみなすことになります。 したがって、長男B、次男C、長女Dの相続分は、一人あたり3000万円となります。 しかし、遺産としては2000万円しかありません。 そのため、遺産2000万円を次男Cと長女Dとで1000万円ずつ分けることになります。

但し、相続人は、兄弟姉妹以外を相続する場合、遺留分が定められており(民法1042条)、 遺留分減殺請求(2019年6月30日までの相続の場合)か 遺留分侵害額請求(2019年7月1日以降の相続の場合)(民法1046条)を行うことで、遺留分を確保することができます。 事例3の場合、長男Bへの贈与が相続開始の5年前であることから、 贈与された7000万円は遺留分を算定するための財産に算入することになり、 その結果、次男C及び長女Dにつき、 それぞれ遺留分を算定するための財産(9000万円)の価額に2分の1を乗じ、 さらに法定相続分である3分の1を乗じた1500万円が遺留分となります。 よって、次男C及び長女Dは、遺産分割によりそれぞれ1000万円を取得し、 さらに、遺留分減殺請求又は遺留分侵害額請求を行っていた場合、 長男Bに対して、それぞれ500万円を請求できることになります。

遺留分の詳細については、 「不公平な遺言と遺留分」をご確認ください。

特別受益の持戻しの期間制限

これまで述べた特別受益の持戻しですが、民法が改正され、相続開始の時から10年を経過した後にする遺産分割については、 適用されません(民法904条の3)。
但し、相続開始の時から10年を経過する前に、相続人が家庭裁判所に遺産分割の請求をしたときや、
相続開始の時から始まる10年の期間の満了前6か月以内の間に、遺産分割を請求することができないやむを得ない事由が 相続人にあった場合において、その事由が消滅した時から6か月を経過する前に、その相続人が家庭裁判所に遺産分割の請求をしたときは、 特別受益の持戻しが可能です。

この改正は、令和5年4月1日から施行されていますが、施行日前に相続が開始した遺産の分割についても適用されます。 但し、令和5年4月1日より前に相続が開始した場合は、 相続開始の時から10年を経過する時又は令和5年4月1日から5年を経過する時のいずれか遅い時までに、 家庭裁判所に遺産分割の請求をすれば、特別受益の持戻しが可能です。 また、やむを得ない事由があった場合も、相続開始の時から始まる10年の期間を、 10年の期間満了後に令和5年4月1日から始まる5年の期間が満了する場合は、令和5年4月1日から始まる5年の期間と読み替えます。

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